伝統産業を訪ねる

職人がひしめく鞄の町、伝統をつないで進化する【豊岡かばん】

人口8万人の小さなまちに日本一を誇る地場産業があります。ここ豊岡は歴史あるかばんの一大産地にして、品質の高いジャパンメイドの拠点。確かな眼で認められた「豊岡かばん」は今、全国へとその名を広めつつあります。ワクワクするようなモノづくりの現場を訪れてみてください。普段づかいのものから一生ものまで、心ときめくかばんとの出会いがあなたを待っています。

柳製品が並ぶコーナー。(Toyooka Kaban Artisan Avenue)

いにしえのルーツ

神話に登場する新羅の王子、天日槍命(アメノヒボコノミコト)がかばんの元となる柳細工を伝えたとされ、円山川沿いに自生する杞柳(コリヤナギ)で編んだカゴがはじまりと言われています。奈良時代には朝廷にも上納されていました。
江戸時代、豊岡藩が産業を奨励したことにより「柳行李(やなぎごうり)」の生産が盛んになり、やがて「行李かばん」が誕生。脈々と受け継がれた伝統技術と流通経路を基盤に、新素材や縫製技術の導入で国内トップのかばん産業へと発展していきました。
とはいえ、最近まで「豊岡」の名前が表だって出ることはありませんでした。なぜなら豊岡のかばんはOEM(相手先ブランドによる販売製品)生産が中心。誰もが知っている大手メーカーのバッグを実は豊岡の企業が作っていたりしますが、それは決して明かされません。
転機となったのは2006年、工業製品で国内第一号の地域団体商標として「豊岡鞄」が認められたことでした。

「豊岡鞄」認定タグは高品質の証。近年は異業種ブランドとのコラボ製品も。

「豊岡鞄」ブランドの誕生

バブル崩壊後、大手の製造拠点が海外に移ったことで豊岡のかばん産業は一時衰退します。「ブランドメーカーだけに頼っていては産地の未来はない」と危機感を強めた経営者たちが中心となり、地域ブランド化が進められました。
2006年に「豊岡鞄」が認定されると、各企業が満を持して自社ブランドを立ち上げ、OEMで培われた技術や得意分野を活かした様々な製品が生まれています。
豊岡産のかばんすべてが「豊岡鞄」というわけではありません。兵庫県鞄工業組合が定めた基準を満たす企業が29社(2021年1月時点)。その認定企業によって生産され、厳しい審査に合格した製品だけが「豊岡鞄」として認められます。製品の保証は製造した企業が責任を持ち、時には無償での修理・交換も。各企業がプライドをかけてモノづくりに取り組んでいます。

カバンストリートにある拠点施設 「Toyooka KABAN Artisan Avenue(トヨオカ・カバン・ アルチザン・アベニュー)」には、職人を育成するスクールも。

かばんのまちの見どころ

市内には180社以上のかばん関連企業が集合していますが、旅行者にまずおすすめしたいのは産地ならではの商店街「カバンストリート」。ショップや修理の専門店などが並び、全国でも豊岡しかない“カバンの自動販売機”があります。また、ベンチやポストなど至るところにカバンをモチーフにした仕掛けが。
周辺には個性豊かなかばん店が点在しており、オーダーメイドや手作り体験などもできます。ぜひ散策してみてください。

柳の神をまつる「柳の宮神社」(小田井縣神社境内)は、昭和10年「柳行李」関係者の尽力により再建。これを機に市内では毎年8月に盛大な「柳まつり」が行われるようになった。
「豊岡財布」と「豊岡小物」を新たに商標登録。鞄づくりで余った革を有効活用している。

モノづくりに憧れて

かばんの学校を卒業した職人さんのしごと場を訪ねました。

奥村彩子さん
「Toyooka KABAN Artisan School (※)」第5期生。現在は豊岡市在住で、地元企業「バッグワークス」に勤務して2年目。仕事内容は、企画からデザイン、型作り、縫製まで全工程をこなしています。2児の母親として子育てにも奮闘する毎日。
バッグワークス https://www.bagworks.co.jp

(※)豊岡市や兵庫県鞄工業組合の協力の下、豊岡まちづくり株式会社が運営するかばんの専門校。経験、知識は問わず1年間のカリキュラムを通してかばん作りを習得する。卒業生の多くは、豊岡市内のかばんメーカーに就職。

未経験から一念発起

奥村さんが“豊岡”のことを知ったのは35才の時。出産を機に事務職を辞めてから数年、漠然とモノづくりを仕事にしてみたいと探していたタイミングでした。「かばんと検索したのはたまたま」と話す奥村さん。インターネットで豊岡にかばん職人を養成する専門校があると知り、心をつかまれます。面接で熱意を語り見事合格。応援してくれたご主人と2人の子どもを連れて西宮から豊岡へ。知らない土地で子育てをしながらの目まぐるしい学生生活が始まりました。

子育てと学業

1歳と3歳。子どもを預けた保育園から急な発熱などで呼び出されることもしばしば。課題をこなすことは思っていたよりずっと「たいへん」なことでした。それでも、世代や経歴が様々な“同志”たちと切磋琢磨する毎日は「本当に楽しかった」と奥村さんは振り返ります。「身近な人が喜んでくれるかばん」をテーマに、1年間で約20個を制作しました。子どものために作った「幼稚園バッグ」は、課題としては失敗したものの、実際にかけて喜ぶ姿を見た時はうれしさもひとしおだったと言います。

新たに販売予定のリュックを製作中。1商品につき1人で100個以上仕立てる!

仕事としてのかばん作り

一通りの技術を身につけ、卒業後、奥村さんは豊岡のかばんメーカーに就職します。総勢9名の「バッグワークス」を選んだのは、ブランドマネジメントのすばらしさと社長の人柄にひかれて。また、企画から縫製まで一人で生産を担当する、豊岡では珍しい業務形態も奥村さんにとって大きな魅力でした。
実際に働いてみると「学んだことと現場の差はすごく大きかった」と言います。求められるのは“売れるもの”。また、一人が担う生産量は膨大で、かばん作りは「力仕事」でもあると痛感しました。

思いをカタチに

自社ブランド「BAGWORKS」のコンセプトは“しごとのかばん”。郵便配達員やお医者さんなど、職業ごとに特化した機能や特徴を活かした独自のバッグを展開しています。奥村さんの企画が初めて商品化したのは入社から約1年後。学校の課題でも思い入れのあった「幼稚園バッグ」をモチーフにしたかばんでした。
「うれしくて、店頭に並ぶ様子を見に家族で西宮まで行きました」と、奥村さん。子どもたちが“お母さんが作ったかばん”と喜んでくれることが何よりの幸せです。
今後は「思い描いたものをしっかり形にできるよう知識や技術を磨いていきたい」と話す奥村さん。穏やかな口調の中に強い意志をのぞかせるステキな職人さんでした。

奥村さんが手がけたショルダーバッグ。幼稚園の通園バッグをモチーフにしたもので「かわいい」と評判。「BAGWORKS」の商品は全国に展開する「中川政七商店」で販売しており、女性をターゲットにした日常使いのものが多い。
ワンフロアの工房で全工程を行う。スタッフはそれぞれ製作に没頭しながらも「仲がいい」と奥村さん。熟練の先輩が気さくに教えてくれるという。

「伝統産業を訪ねる」スポットの楽しみ方

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