
江戸風情を残す街で
ずらりと並ぶ「出石皿そば」に舌鼓
豊岡駅から、南に30分ほど車を走らせたところにある出石(いずし)。
慶長9年(1604)、江戸時代初期に築城された出石城の城跡があり、現在もそのふもとには城下町だった頃の面影がそこかしこに。「但馬の小京都」とも称され、国の重要伝統的建造物群保存地区にも選定されている。
街中には明治の面影も。ひときわ目立つ「辰鼓楼(しんころう)」は、明治14年(1881)に建造された、札幌の時計台に次ぐ日本で2番目に古い時計台。出石城の入口にあたる「大手門」の基礎をそのまま活用して、出石城の廃材も用いて作られたものだ。
かつて、酒造りや織物、和紙づくりなども盛んだった。なかでも出石を囲む山々に磨かれた水を活かした酒造りは、今もなお引き継がれ、街には酒蔵が立ち並ぶ。
もうひとつ、出石の水を活用してこの地に根付いているのが「そば作り」だ。現在も40件以上ものそば屋が立ち並ぶ、関西屈指のそば店街だ。
「うちは、もともと両親が織物を作っていたのですが、時代の移り変わりの中で、そば屋を始めたのです。私は2代目になります」そう語るのは、出石のそば店のひとつ「みくら」の店主、武田光弘さん。生まれも育ちも出石の出石っ子だ。
出石のそばは、その豊かな味わいはもちろんのこと、食べ方にも特徴がある。「出石皿そば」と呼ばれており、国の伝統的工芸品に指定されている「出石焼」の小皿に、そばを盛ってたくさん並べていただくのだ。
かつて屋台で提供する際に、持ち運びしやすい、浅い小皿にそばを分けて盛ったことから始まったとされている。実際に小皿で埋め尽くされる机を目の当たりにすると、その非日常感にわくわくする。
「皿そばを初めて食べる方は、ズラリと並ぶ小皿にびっくりされますね。小分けにされていると、ついたくさん食べてしまうのでしょうか。1人前は5皿なのですが、追加に追加を重ね、中には30皿近く食べられる方もおられますよ」
出石のそばには細かな決まり事はなく、味は店によって異なるとか。同じ材料を使っていても、打つ人によって味が違うのがそばの面白さと語る武田さん。「そばの麺も昔は真っ黒な店ばかりだったのが、最近は白っぽいお店も出てきました。それぞれの良さがあります。秋口に町中のそば屋が協力して行う『新そばまつり』では、たくさんの店のそばを食べ比べできるので、ぜひたくさんの方に訪れていただきたいですね。私も『食べる側』としても、楽しみにしているイベントです」
そば打ち体験も、出石を訪れる人々の楽しみのひとつ。外国から訪れるお客さんも多い。武田さんの店でそば打ちを体験したアメリカとフランスから訪れたグループの皆さんは、「少し不恰好でも自分で作ったそばが食べられるのは、とてもファンタスティックな体験」と、憧れの蕎麦文化に触れることができた幸せな時間を満喫していた。
「そばづくりの学びが終わることがありませんが、世界中のお客様と身振り手振りを織り交ぜながら接することも、私にとって毎日が勉強。皆さんに出石を楽しんでいただくために、日々努力しています」
まだまだ続く、武田さんの研鑽の日々。その修行の中で紡ぎ出された豊かな味わいの出石そばを、ぜひ味わってもらいたい。

武田光弘さん
皿そば店が軒を連ねる出石で、老舗そば店「みくら」を双子の兄と共に営む。「そばづくりに終わりはない」と、今もなお勉強の日々と語る努力家。
出石皿そば みくら | 兵庫県豊岡市出石町小人129-29